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大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)110号 判決

控訴人 岩城由忠

被控訴人 国 ほか一名

代理人 山下勝生 西野清勝 ほか三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人両名と控訴人との間で、原判決別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)は控訴人の所有であることを確認する。被控訴人国は控訴人に対し本件土地につき神戸地方法務局三木出張所昭和四〇年一〇月二日受付第二四二三一号をもつてなした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。被控訴人藤枝は控訴人に対し本件土地につき同出張所昭和四一年三月九日受付第一〇一〇号をもつてなした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、

被控訴人らは主文同旨の判決を求めた。

二  当事者の主張及び証拠関係 <略>

理由

一  本件土地が控訴人の所有であつたところ、兵庫県知事が昭和四〇年七月一日付で農地法六条一項一号該当地として本件土地の買収処分をし、被控訴人国がこれを同年一一月一日付で被控訴人藤枝に売渡処分をしたこと、本件土地につき被控訴人国のため神戸地方法務局三木出張所昭和四〇年一〇月二日受付第二四二三一号をもつて控訴人からの所有権移転登記が、被控訴人藤枝のため同出張所昭和四一年三月九日受付第一〇一〇号をもつて被控訴人国からの所有権移転登記が順次なされていることは当事者間に争いがない。

二  控訴人は、本件買収処分については農地法八条一項の公示と書類の縦覧、同条二項の通知、同法九条の農業委員会の買収決議、同法一〇条一項の買収進達がなされていないので無効であると主張する。

1  ところで本件買収処分がなされるに至つた経緯について、次の事実は当事者間に争いない。

(一)  本件農地につき兵庫県知事は昭和三九年九月一九日発行の買収令書(第一回令書)により買収期日を同年一一月一〇日とする買収処分をした。右買収処分については、三木市農業委員会が農地法八条一項により同年二月一八日公示し、同年三月一九日までの一か月間同農業委員会事務所において関係書類を縦覧に供し、同年二月一九日同条二項により所有者である控訴人に通知し、同年五月二八日買収決議をし、同年六月一日付で同法一〇条一項により兵庫県知事に対し進達を行つた。そして第一回令書は大阪市阿倍野区阪南町中六丁目一七番地に送達され、控訴人は同年一〇月二九日農林大臣に審査請求した。そして農林大臣は昭和四三年四月五日付で買収処分の取消しの裁決をした。

(二)  ところが国は第一回令書記載の買収期日までに対価を供託しなかつたため、右令書はその効力を失つた。そこで兵庫県知事は昭和四〇年二月三日、買収期日を同年三月一日とする買収令書(第二回令書)を発行し、同年二月二三日右令書を同法一一条二項による交付に代わる公示をしたが、国は第二回令書記載の買収期日までに対価を供託しなかつたため、右令書もその効力を失つた。

その後兵庫県知事は同年五月二四日買収期日を同年七月一日とする買収令書(第三回令書)を作成し、同年六月一一日右令書を同法一一条二項による交付に代わる公示をした。

そして<証拠略>によると、三木市農業委員会は昭和四〇年四月二日付で第三回令書につき農地法一〇条一項の買収進達を兵庫県知事に行つたことが認められ、反証はない。

右のとおり第二、第三回令書の作成はそれぞれ前回の第一、第二回令書記載の買収期日までに対価の支払又は供託をしなかつたため改めてなされたものである。ところで右対価の支払又は供託をしなかつた場合は農地法一三条三項により買収令書はその効力を失うと規定されているが、この場合知事は従前の農業委員会の手続を利用し、その手続のうえに立つて買収手続を進めることができるものと解するのが相当である。そして兵庫県知事の第三回令書の作成は右第一回令書作成時の三木市農業委員会の手続の上に立つてなされたものである。

2  控訴人は買収処分取消しの裁決により第一回令書作成時の三木市農業委員会の買収手続はすべて取消されたと主張し、右主張に基づいて第三回令書の作成には農業委員会の買収手続が履践されていないという。

前記農林大臣の昭和四三年四月五日付買収処分取消しの裁決は、<証拠略>によると、主文において、「兵庫県知事が昭和三九年九月一九日付け兵庫No.(三九)一二九買収令書を交付してした別紙目録記載の農地に対する農地法九条の規定に基づく買収処分は、これを取り消す。」と、理由において、「(前略)買収令書を申立人に交付したが、当該買収令書に記載の買収期日までに対価の支払のなかつたことが認められる。したがつて買収令書は、その効力を失つたものである。しかしながら買収令書の交付によりその処分は、なお形式的に存在するから、これを取り消す。(後略)」と記載されている。

ところで審査庁の裁決はその効力として関係行政庁を拘束する(行政不服審査法四三条一項)が、裁決としての効力を生じる審査庁の判断は原則として主文中に表現されている。しかし主文は簡潔に表現されているから、理由を参酌していかなる事項が判断されているかを定める必要がある場合がある。本件においては、主文では買収処分の取消しとなつているが、その理由中に既に買収令書は農地法一三条三項によりその効力を失い、したがつて買収処分の効力も発生していないが、買収処分が形式的になお存在しているのでこれを取消すとの裁決をしたとの判断が示されており、右判断は第一回令書の基礎となつた三木農業委員会の手続についてなんら触れるものではない。

したがつて控訴人の右主張は理由がない。

三  控訴人は第三回令書が控訴人に交付されず、交付に代わる公示は重大明白なかしがあるから、本件買収処分は無効であると主張する。

<証拠略>によると、次の事実を認定することができる。

(一)  控訴人は、住民票によると母一栄、妹、弟とともに昭和一三年二月大阪市住民となり、同市阿倍野区阪南町中六丁目一七番地に居住し、登録していたが、昭和三八年一一月一一日三木市口吉川町大島へ、次いで同月二九日同市府内四九三に転入届をした。右転入届をするに至つたのは当時控訴人が所有していた本件土地等につき不在地主として買収処分がなされることを恐れたためで、府内では高階美子方の部屋を借りていたが、家財道具もなく布団も高階から借り、土曜日と日曜日は前記大阪市内の住居で家族と生活し、控訴人の標札は大阪市の住居に掛けられていたが、高階方には掛けられていなかつた。そして三木市農業委員会の職員が買収処分前高階方へ日を殊にし昼夜の別に数回電話連絡したときも、不在であつた。

(二)  第一回令書は前記大阪市内の住居あてに送達され、これに対し前記農林大臣への審査請求がなされたが、審査請求人の控訴人の住所は三木市府内であり、その代理人となつた母一栄の住所は前記大阪市内の住居となつていた。

第二回令書(昭和四〇年二月三日付)も前記大阪市内の住居あてに送達されたが、控訴人の母一栄が控訴人が居住していないと受領を拒絶したので、同月一二日控訴人が勤務している尼崎市の川上塗料株式会社に持参して交付しようとしたが、受領を拒絶されたので、交付に代わる公示(控訴人の住所は前記大阪市内の住居となつている。)がなされた。しかし供託が遅れ、買収令書は失効した。

(三)  第三回令書(控訴人の住所は前記大阪市内の住居となつている。)については、第二回令書のときのような送達をした封筒が残されていないが、関係書類(<証拠略>)には買収令書は直接本人あて送付したとの不動文字の中に第三回令書の番号2が係員崎久保松夫によつて記入されており、同じく右不動文字の中に令書の番号が記入されている織田義市への買収令書は配達証明書が残り、送達されたことが明らかである。そして控訴人に対し交付に代わる公示(控訴人の住所は住所不明となつている。)がなされた。そして<証拠略>を併せ考えると、第三回令書も、適法な送達場所である大阪市内の住居へ送達されたものと認めるのが相当であり、これに反する<証拠略>は信用できない。

以上認定事実からすると、第三回令書につき交付ができないとして交付に代わる公示をした兵庫県知事の手続が、重大明白なかしがあるとは認められない(第二回令書の交付に代わる公示の手続は適法であり、交付できなかつたのであるから、第三回令書においても交付できないことが予想されるので、仮に送達がなかつたとしても第三回令書の交付に代わる公示に重大明白なかしがあるともいえない。)ので、控訴人の主張は理由がない。

(なお控訴人が原判決の主張第二の三のIIの(三)の主張は無効事由とはいえないから、主張自体失当である。)

四  そうすると、本件買収処分は無効といえないから、控訴人は本件土地の所有権を喪失したものというべく、控訴人の本訴請求は失当といわなければならない。

よつて、右と同旨の原判決に対する本件控訴を棄却し、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村瀬泰三 林義雄 弘重一明)

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